棚田ハウス オーナー 橋本昌子

発酵料理人/園芸装飾技能士/ADFA/畑の棚田保全・せぎなお会 主宰

一番近くの信号機まで15キロ、自動販売機も無い限界集落。まるでタイムスリップしたかのように美しく懐かしさが感じられる畑(はた)にある体験型農家民宿 “棚田ハウス”。

ここ棚田ハウスのオーナー橋本昌子さんはこう話す。

「琵琶湖に注ぐ鴨川の源流、比良山系の伏流水と穢れのない空気。聞こえてくるのは昼間は蝉の声、夜はカエルの鳴き声。ここで過ごす時間が、贅沢な暮らしとは何かということを、見つめ直すきっかけになるのではないでしょうか」

日本の原風景と言える自然豊かな環境に囲まれて、植物を愛でながら、ご主人と愛猫と共に四季の手仕事に勤しむ日々を送っている。

昌子さんと植物

オランダ経済省認定資格「アドバンスドダッチフラワーアレンジメント(ADFA)」をもつ昌子さん。植物には特別な想いがあった。

「幼少期は、母の仕事の関係でしょっちゅう転校をしていた。学校に馴染めず、花と遊んでいた」

現在も、庭に咲く植物の様子を気にかけながら過ごしている昌子さんにとって、植物は友だちのような存在なのかもしれない。

冬には市内の中でも雪深くなる畑(はた)で、自然の厳しさと向き合いながらも丁寧に暮らしている昌子さんの、パワーの理由を知りたいと強く思った。

「この景色を残したい」

ご主人が病気で一時、危険な状態にまでなったことを機に
「定年したら、田舎暮らしをしたい」から「若くて元気なうちに、田舎暮らしをしたい」と考えるように。

そんな中、はじめて訪れた畑(はた)地区。

「此処に来たことある!」

ご主人が第一声を上げた。

比良山系から流れる小川の側に広がる棚田のある景色に一目惚れし、ここに住むことを決意した。2015年に京都との二拠点生活から此の地へ移住し「来た人がゆっくりできるところがあれば」と、築約80年の古民家をほぼご夫婦で改修。2018年に“棚田ハウス”をオープンさせた。

里山の高齢化を感じることが増え「移住したときに美しいと感じた景色を、保ちたい」「また、子どもの声のする場所にしたい」

まだ自分にできることがある。その想いが、昌子さんを突き動かす原動力だ。

自然の中に、住まわせてもらう

棚田保全を目指して2020年「せぎなお会」を発足。活動の主力となり、米をつくりながら棚田を保全している。

「自然栽培で、除草剤も防虫剤も肥料すら入れてない完全自然栽培の田園は、米を作っているのか雑草育てているのか分からなくなる」

手間がかかる中でも「田と家が共存した、人の営みが見える風景こそがここの魅力なんです」こう話す穏やかな口調の中に、力強さとあたたかさを秘めた想い、そして行動力が、畑(はた)を輝かせる。

「お客さんの笑顔が、わたしを笑顔に」

(はた)を訪れた人に向けたお土産として、無農薬で育てた果実を摘み取り、下処理から加工まで手づくりの「棚田ジャム」、コロナ禍でお家時間が増えた人に向けた「手づくり味噌セット」を商品化。

(はた)漬けのワークショップをして欲しいとの声があれば、ワークショップを開催するなど、ニーズに合わせて新しい取り組みをし続けている。

「お客さんの笑顔が、わたしを笑顔に。わたしの笑顔が、お客さんを笑顔に」と微笑む昌子さんの晴れやかな表情を見て、幸せな気持ちに包まれた。

文:田中 可奈子(たかしまじかん)

「おかえりなさい、棚田の家に。」
オーナー橋本昌子と愛猫ゆきちの宿